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2014年2月28日金曜日

学童いいはなし

学童いいはなしを頂きました(^∇^)ありがとうございます。

2年越しの話になる。
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我が家のむすめはスポーツ少女である。球技と走ることが大好き。学童では,サッカーと鬼ごっこの毎日らしい。

1年生の時,そのむすめが学童運動会のリレーの選手に選ばれた。

指導員の先生のコーチの元,難しいバトンワークなど,ずいぶん練習していたようだ。運動会が近づくにつれ,張り切る気持ちの一方で,心配な気持ちが次々とわいてくるようで,本番のことをあれこれシミュレーションしながら当日を迎えた。

無事予選を突破して,子どもリレー決勝。むすめは第一走者だった。チームの優勝の行方も気になり,応援に熱がこもる。

スタートの合図とともに走り出した…はずが,むすめの姿がなかなか見えない。あれっ? どうしたんだろう? やっと見えたむすめは先頭から大きく後れ,それでも走りきって,次の走者にバトンを渡した。

スタート地点の反対側にいた私には見えなかったのだが,スタートの時に人とぶつかって踏まれ,片方の靴が脱げてしまったらしい。近くで見ていた方が,「泣かないで戻って,靴をはき直してまた走っていたよ。えらかったね。」と言ってくださった。

むすめはがんばったと思う。そして,ものすごくショックだったと思う。

戻って来たむすめは何も言わなかった。本当に,リレーのことについては何も言わなかった。

初め靴のことがわからなかった私が,「どうしたの?」と聞いても,まったく何も言わなかった。そして,たまたまそこにあった貼り紙の字を指して,「何て書いてあるの?」と聞く。その時私は,「そんなこと関係ないでしょ!」と怒ってしまったのだが,悔しさと情けなさと恥ずかしさで,怒りたかったのはむすめの方だろう。申し訳ない気持ちでいっぱいである。

その後も数日,むすめは何も言わなかった。そして数日たったとき,転機が訪れた。

学童で,むすめの後に走った男の子が,「おまえなんで遅かったんだよ!」とストレートにぶつかってくれたらしい。

指導員の先生は「そんな言い方をしてはいけない」といさめてくださったのだが,むすめはそれでやっと,リレーのことを自分から話せるようになった。

その日の学童からの帰り道は大荒れだった。わあわあ大泣きして,「しかたないだろ!」「押していいのか!」と憤懣を爆発させ,「お母さんが悪い!」「脱げやすい靴を履かせたのが悪い!」「どうして転んだことにすぐ気がつかないんだよ!」と八つ当たりし,あっちを蹴飛ばし,こっちを殴り,たくさんしゃべって,そしてようやくだんだん落ち着いていった。

気持ちをため込んで大きく膨らんだ風船を,プチンとつついて割ってもらったようなものだと思う。子ども同士だからできることで,大人が言ったら,反発するか,ますます押し黙るか,どちらかだっただろう。

ようやく自分の気持ちを出せるようになったむすめを見て,学童での子ども同士の関係を本当にありがたいと思った。また,一見ちょっとした衝突にしか見えないこのようなことに丁寧に対応し,経緯を伝えてくださった指導員の先生にとても感謝している。
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2年生になったむすめは,また,リレーの選手に選ばれた。

昨年のことがあるので,親としては,今年は無事に走りきってほしいと,口には出さないもののハラハラドキドキしていた。

本人はやはり,昨年のできごとがかなり心に残っていて,「今度は押されたら倍返しだ!」などと勇ましいことを言ってはみるものの,ナーバスになっているのは明らかだった。

運動会当日,惜しくも予選は通過しなかったが,子どもリレー順位決定戦。1位でバトンを受け取ったむすめは,順位をキープしたまま走りきり,次の走者にバトンを渡すことができた。

ほっとした。

隣では,昨年のことを知っている指導員の先生が,一緒に手に汗握りながら応援してくださっていた。

戻って来たむすめは満足そうな顔。

しかも,走る前に,次の走者の3年生の男の子が,「今年は靴が脱げないように」と言って,むすめの靴のマジックテープをしっかり止め直してくれたのだという。

それをむすめはとてもうれしそうに教えてくれた。

子ども同士の関わりと,指導員の先生の見守りの中で励まされて,むすめが小さなハードルを越えられたことが,とてもうれしい。
さくらなみ学童父母

2013年12月13日金曜日

学童いいはなし

  先に募集していた学童いいはなし。素晴らしい原稿をいただきました。広報誌さくらもちへの掲載が紙面の関係で難しかったので、ブログのみの掲載となります。

  皆さんの学童いいはなしありましたら、hideoshigoto@yahoo.co.jpまでどうぞ(^∇^)






きんぎょ

 

ある日、6歳の娘、きりがなにかのお祭りで金魚すくいをしてきたらしい。今どきは金魚がスーパーボールに取り変わっているものだとばかり思っていたぼくは「へぇ~」と思った。金魚すくいはきりの思い通りいかず、成果ゼロに終わったそうだが、店のおじちゃんが1匹くれた。その金魚が洗面器のなかで泳いでいる。世話といってもえさをやるぐらいだけれど、なにやら洗面器の中の金魚に話しかけたりしているきりを、ぼくはほほえましくみていた。

 

おとなの勝手な気づかいで、洗面器が貧相で、しかも仲間がいないのはかわいそうだ、ときりを連れ、金魚環境を整えるべく買い物にでかけ、仲間2匹とちいさな水槽やら水草やらわけのわからない置物の岩やら買い込んできた。その日から洗面器よりは少々立派な水槽に小さな金魚が3匹泳ぐことになった。


 

1週間後、朝、家を出るときに水槽を見ると、どうも1匹の様子がおかしい、弱っている。

その夜、帰宅すると玄関脇の植込のところに白い札が・・・もしや!と思い近づいてよく見ると「きんぎょのおはか」と書いてあった。そしてプラスチックのカラフルな墓標があった。それを見てぼくはクラクラした。そして、とても悲しい気持ちになったきりはどうだろう?きりの心を推し量り、いよいよ悲しい気持ちになったけれど、その日は夜も遅くきりと話をする機会がなかった。

翌日、帰りの電車の中で、ズキリと金魚のことを思い出し、悪い予感が当たらぬように、と祈りつつ帰宅した。そして、真っ先に墓標を確認すると・・・悪い予感は当たってしまった。墓標がふたつ。見つけた瞬間に膝が折れた。さらにそれから二日後には墓標がみっつになり、プクプク出る泡にゆられる水草だけの水槽になってしまった。命が抜け落ちた水槽の前でぼくは絶望感に打ちひしがれ、悶絶した。

 

週末、ついにきりと話をする機会がやってきた。大人的言い訳やらなにやら、どこから話そうかと思い悩んでいるぼくをよそに、きりはこう話し始めた。

「きんぎょちゃん、みんなしんじゃったね。いきものはね、いつかしぬんだよ。しんだらね、つちにかえしてあげればいいんだよ。それでね、おはかをつくってあげるとね、ずーっときんぎょちゃんのことをわすれないんだよがくどうでそうしてるよ。

淡々と話すきりのその言葉と態度に僕は少なからず衝撃を受けた。ペットを飼ったことがないわが家に初めてやってきた生き物一瞬ではあったが、尋常ではない愛を注いでいたきりがそう言った。

「ちょっと冷たいなぁ、なみだ、とかないの?」喉元まで出かかったその言葉をぼくはグッと飲み込んで「そうだね。」と答えた。

 

生きとし生けるものすべて人の心の中にこそ生き、そして命の輝きを放つということについて、ずっと先かもしれないけれど、そのうちいつかきりと話ができればいいな、とぼくは思っていた。もしや6歳にして「生き物の生と死」を達観してしまったのだろうか?なんだかその日は、きりのうしろ姿が禅僧のように見えた。

 

「生き物の生と死」をきりが最初に学んだのは、学校でも親でもなく、学童だった。

親としてこどもに話してやらなければならないことは山ほどある。ただ、あせってはいけない、心に響くタイミングが重要だ、と自戒している。6歳のきりは、表に出した自分の感情が相手からどう跳ね返ってくるのか、自分の価値観が集団からずれているのかいないのかを、少しずつ、少しずつ、確かめながら長い人生の準備中である。

この時期に、近づきすぎず、離れすぎず、目を離さず、こどもたちの心のありようをていねいにみつめてくれる指導員の方々に出会えたことは、本当に幸運である。

 

一父母として、施設の管理だとか運営だとか方針だとか、大人の都合で決まるものは、粛々と受け止めざるを得ない、と思っている。ただ、現在の学童は指導員の方々と父母たちとこどもたちの心の関係を、大人もこどももない人と人とのつながりにまで成長させる土壌がある。行政が大人の都合でそこにメスを入れようとしているならば、超がつくほど誠実かつ丁寧かつ慎重にやってもらいたい、と強く強く強く望む。